不安神経症の悩み

 

 

不安神経症 体験談

 

 

このページでは、不安神経症の体験談をご紹介しています。ハッピーライフトータルセラピーでは、体験後(3回、もしくは1回4時間以上)の感想を書いて下さり、かつ掲示を了解して頂いたお客様には、千円のクオカードを贈呈致しますなお初回無料の場合も、匿名で掲載させていただく場合もあります。(内容の一部は、編集しております)。


「橋本病」「不安神経症」を抱えて生きているが、『自分の言葉』を持てるようになってからは、楽になった・ゲシュタルト療法 

私は現在40代の独身の女性です。一人暮らしをしています。30代後半で受けた看護学校

の社会人入試に合格し入学したのを契機に現在の住まいに引っ越し、忙しい学生生活を

送っていました。同じ夢を持つ年齢の離れた友人とも仲良くなれて、住み慣れない土地

での日々をきつく感じることがあってもそれまで知らなかったことを勉強できる喜びが

上回り、楽しく過ごせていたと思います。

 

2年生になったばかりの春、病院での実習で他の学生から暴言を受けたことをきっかけ

に学校が怖くなりました。このグループにお前はいらないといったような内容のことで

した。家に帰っても思い出すと涙が止まらず、翌日に現地へ行ってもその学生の声を聞

くと怖くて涙と震えが出てしまいました。実習はなんとか乗り越えましたが、その後に

校内で急に脱力して倒れてしまうことが続きました。春の健康診断は異常がなかったた

め、担任に精神科の受診を勧められて行ってみたところ、不安神経症との診断が出まし

た。ところが薬が合わず、だるくて眠くて日常生活が困難なので容量を軽くしてほしい

と要請したところ、医師に「慣れるから飲んで!」とむしゃくしゃした表情で怒鳴られ

、怖くてそこには行けなくなりました。初回の受診の際に採血をしていたので結果を見

てみると「TSH」というホルモンの値が基準よりだいぶ高くなっていました。その後は

抗不安薬の服薬を止めていましたが、眠っても改善しない倦怠感や顔や手足のむくみが

日を追うごとにひどくなり、右手が腫れて指が動かせなくなりました。また常に寒気が

あり声がガラガラになったので内科クリニックで検査したところ、橋本病であり、現在

は甲状腺の機能が低下しているとの診断が出ました。甲状腺ホルモンを補う薬を飲んで

むくみや腫れは徐々に改善し、一時はこれで良くなったかのように思えました。

 

しかし学校生活はますます忙しくなり、課題と試験勉強が重なる日々の中でこなしきれ

ないことが増え、身体が比例するように重くなっていきました。手足がむくんでもケア

する余裕がなく、一時期は体重がひと月で5kgも増えたことがありました。睡眠時間を

満足に確保できない日々が続き、勉強も成績は下降の一途をたどっていて、勉強と関係

のないことをしていても楽しく感じられることが減っていきました。それでも仲の良い

友達と話すときは、皆が笑えるような話題を提供していたように思います。しかし帰宅

後は玄関で靴を脱いだ後に立ち上がる気力すら失うような状態でギリギリの生活をして

いました。それでも成績上位の人はもっとやっている、だから自分ももっと頑張らなけ

れば、今の自分ではダメだと思い続けて苦しんでいました。

 

そんな中で二年生最後の病院実習があり、そこで担当をした患者さんをケアの最中に怒

らせてしまうことがありました。「こんなことになるならあなたなんか受け入れなけれ

ばよかった」と言われたことを覚えています。自分がいたことを申し訳なく感じて涙が

止まらなくなりました。その後にあった実地指導者との面談で「あなたのこれまでの生

き方が悪かったからそういうことになった」と言われてしまい、その後は自分が発言し

ても諦めたようにため息をつかれて首を横に振られました。体調がすぐれない中では人

格を否定されるような言葉や行為を受け止められず、看護に対する情熱や目標が自分の

中で見えなくなっていくようでした。しかしそれでも3年生への進級が叶い、体調が悪

くても眠れなくてもこのまま無理やりやっていくしかないのだと心に繰り返していまし

た。

 

そんなころに知り合ったのが薬学部に通う20代の男の子でした。彼も私と同じようにメ

ンタルが弱い部分があり、互いに様々な悩みを打ち明けあううちに相手から告白され、

実際に恋人同士のような関係になっていきました。歳が離れているから自分はいつか捨

てられるかもしれないと感じていても彼と過ごす時間は楽しく、一時は同棲も計画して

いました。しかし3年生に上がる前の春休みの終わりころからメッセージを無視される

ことが増えてきました。それに伴い、自分の体調が悪くなっていくのがわかりました。

私は自分の何気ない言葉で彼を傷つけてしまったのだと考え、何度も彼に謝りました。

恋愛も勉強もうまくいかず、体調もすぐれない私は徐々に自殺を考えるようになりまし

た。春休みの課題の勉強も手につかず、取りかかっても(こんなことを書いたら怒られ

るのではないか)と怯えては手を止め、あなたのこれまでの生き方が悪かったからこう

なったと言われたのを思い出すと涙が止まらなくなり進めることができなくなりました

。考え方の路線変更すらままならない日々が続き、人に会うのが怖くなりました。春休

みが明けても学校へ行けなくなり休学を選択し、前述の精神科とは違うところで適応障

害と診断されました。その頃にネットで占いの相手を募集していた男性に彼との仲を相

談したことがきっかけで、堀井さんのゲシュタルトセラピーをご紹介いただきました。

予約が取りにくいけど、自分の予約枠をあげるからとにかく一度行ってみてと言われ申

し込んだところ、キャンセルが出てすぐに行くことができました。

 

ワークの中でいまの自分の現状を堀井さんに話すうちに、親子関係について掘り下げて

いく流れになりました。私は一人っ子なのですが、昔から家族仲はお世辞にもいいと言

える状況にありません。父曰く離婚を考えている時期に妊娠が判明したそうで、幼いこ

ろに何度か「あんたがいなければ離婚できた」と言われました。母からは「あなたがい

るからお父さんと離婚できない」と言われ、両親が喧嘩するのを止めに入ると「あなた

のことが原因で話し合いをしている」と言われました。父は非常に短気な性格で、気に

入らないことがあるとすぐに怒鳴る人です。それでも年の半分ほど父は海外で仕事して

いたため不在でしたが、帰国すると酒に酔った父が母や私に暴言を投げつけ、暴力を振

るうことが何度もありました。

 

父の機嫌が保てるように、とにかく気を使いなさいと母に何度言われたかわかりません

。お父さんは海外で一生懸命働いているのだから、もっといい子にならないとダメと。

あなたはいつも嫌な顔をしていて、だらしなくて、わがままで、あまのじゃくで、言葉

の暴力が多すぎるとも言われていました。テストでいい点をとってもほめられることは

少なく、悪かったテストのダメ出しの方が先に来て、進路ややりたいこと、好きなもの

の多くは「おかしい」「まともじゃない」と否定されました。

小学4年生のときに引っ越しと転校を経験しましたが、学校に一人っ子は私だけで「わ

がまま」「協調性がない」と様々な先生に言われ、クラスメイトからは容姿のことを原

因としたいじめも加わり、自分の意見を言うことができなくなっていきました。

恋愛や仕事や友人関係で失敗するたび、自分が黙っていれば、我慢すればうまくいく。

なぜなら自分は本当はいてはいけない存在だから。自分がいなければみんなもっとうま

くいっているはず。身近な誰かの機嫌が悪くなるのは全部自分のせいかもしれない、だ

から黙っていよう。もし怒られたら自分が悪くなくてもとりあえず謝ろうというもう一

人の自分がいつしか心の中に存在するようになりました。

 

昔から泣いたり、嫌な表情をしたことを親に怒られることが多かったので、人前ではで

きるだけ同じ表情をキープするように心がけていました。友達とは表面上はうまくやれ

ても、一度喧嘩したり揉めると仲直りができないまま切れてきました。親とは「周りの

人にはみんな孫がいるから早くお願い」と言われたのを機に疎遠になっていきました。

恋愛して結婚したいと思う人ができても、自分がそれを言ったら嫌われて会ってもらえ

なくなるのが怖くて本当の希望を言えないまま黙っていました。親にその人を紹介して

否定されたり、おかしいと言われることも怖くて別れたこともありました。恋人に無視

されたり、捨てられたりすることを常に恐れてばかりいました。

そんな風に本当の自分を認められない中で生き方が悪かったと他人に言われたことで、

心の中の自分はどうしたらいいのかわからなくなって適応障害に至ったのだと思います

堀井さんとの初回のワークで、私は心の中にいる幼いころの自分を無視し続けて、自ら

の心にも身体にも負担をかけ続けてきたことがわかりました。堀井さんと話すうちに幼

い女の子の姿が心の中に浮かび、自分は心の中の本当の自分にずっと背を向けて無視し

続けていたことで、身体の声も聴けなくなっていたのだと知りました。

前述の彼との仲も、その後一時的に回復しましたが、結局うまくいきませんでした。そ

れは私が彼に嫌われたくなくて、捨てられるのが嫌で本当のことを言えず、彼にいい顔

だけをしようとしていたことが大きかったのだと思います。離れるのは悲しいことです

が、お互いに必要なことだったと理解できるようになりました。

両親との件は、両親が育った環境の影響があることも理解できました。両親が育った家

庭に余裕がなく、子供を褒めたりすることができなかったのです。堀井さんとのワーク

のあと、母、祖母、曾祖母から聞いた子供のころの話を思い出すと、生活に余裕がない

から子供にも手をかけられなかった。見てあげる余裕がなく、精一杯だったということ

がわかりました。

 

いま、休学をして自宅療養していることを気に病んでいる自分もいます。ある手術を受

けた後に実家に帰省して療養していたら、父親に「寝てばかりいてお前はろくでもない

」と怒鳴られ続けたことがありました。いまでも音楽を聴いてリラックスしたり、何か

を楽しんでいると「本当はこんなことしていてはだめなのではないか」と感じることも

あります。でももう、必要以上に自分を罰することなく、他人の顔色を窺いすぎること

なく生きていこうと、堀井さんにお会いするたびに思えるようになりました。

いまここで休んで療養することを選択していなかったら、看護師になることはできたと

しても、ちょっとしたことでバランスを崩していたと思えるようになりました。

堀井さんとのセラピーの中では否定をされることがありません。ワークの中で問われた

質問の答えが自分の中で導き出せず、わかりませんと返答することも多々あります。で

もそれでいいんですよと言ってもらえることで、自分がわからないことを考える、それ

によって自分の中で言葉を持てるようになったことが私の中で一番の収穫です。

最近やっと自分をおかしいと思うことを止めることができました。まだできないことや

怖いことはありますが、それでもいいと思えるようになってきたのです。自分を弱くし

ていたのは、必要以上に自分を否定して他人に良い顔をしようとする自分自身でした。

 

ゲシュタルトセラピーは、今回で3回目ですが、不思議とセッションが終わるごとに不安も緩和され、体の楽さを実感しています。

 

これからも、よろしくお願いします。

  音による不安神経症の原因がわかり解消した 40代女性 ゲシュタルト療法

都心のマンションを数年前に購入し、現在はそこに住んでいます。しかし、隣の部屋の足音がすごく気になり、落ち着かずに困っていました。そして、心療内科にいったら不安神経症といわれ、薬を飲んでいますが、病状は一向に良くなりません。将来、引っ越すことも考えていますが、お金のこともあり、そう簡単には実行できません。特に、一人でいるときに、足音が聞こえると、何か他のものが侵入してく感じで、恐怖とともに何故か嫌悪感を覚えてしまいます。

 

セラピスト堀井(以下・堀という)  嫌悪感を味わってみてください。身体のどこに音に感じますか

 

私  胸に感じます

堀  嫌悪感を覚え始めたのはいつですか

私  青森にいた時、中一の時です

堀  何がありましたか

私  授業中に担任の先生が、定規で机をたたいた音の記憶が蘇りました。その当時の私は、夜景を

         見ることで救われていました

堀  救われたということは、何かツラいことがあったんですか

私  学校では女子グループに入れずに、ストレスを感じ一人でいた方が楽でした。よく夜景を見て

         癒されていました。そのおかげで不登校にならずに済みました

堀  そうでしたか。不登校になるぐらいツラかったのは、学校がツラかったのか、家がツラかった

         のかどちらでしたか

私  家かな。父は、出稼ぎで盆と正月しかいないし、母とはコミュニケーションがうまくとれなか

         った

堀  では、お母さんに見立てたクッションを目の前に置いてみましょう。お母さんはどんな顔して

          いますか

母  不機嫌な顔している

堀  そういう母が家にいると私はどうなりますか

私  話しかけられない。母は余裕がない感じがしました。話しかけても怒られることはないのです

         が、怒られる気がしていました

堀  母になってみて、答えてください

 

 私は母に見立てたクッションの上に座りました。

 

私    心が、いっぱいいっぱい

堀  どういうことですか

私  父が長期不在なので、子育ての相談もできないし、自分の親から電話が頻繁にきて、愚痴を聞

         かなければならないのでめんどくさい

堀  では自分に戻ってください。実際に家に帰って来てからの暮らしを現在進行形で話して下さ

        い。

 

 私は元のクッションに座りました。

 

私  学校から帰ってきます。居間のソファに一人で寝っ転がり、ゆっくりリラックスしています。

         母が帰ってきます。私はお帰りと言って母はうなずき、母は台所に行き、家事をしています

堀  リラックスしている時から母が家に入るまでの時間を詳しく話してください

私  自転車で帰ってきます。母が帰ってくると思うと、どう接すればいいのかなと不安になります

堀  次に音に関して、出来事を再体験してみてください

私  自転車スタンドを立てる音がして、玄関に入る踏み台の足音が聞こえます

堀  嫌悪感を抱きますか

私  はい、抱きます

堀  自転車や足音を聞くと、リラックスモードから緊張モードにスイッチが入るのではないですか

私  そうかも知れません。今、気づきました。そうだったです

堀  そして今でも、一人でマンションでリラックスしているところに、足音が聞こえると身体が反

         応して、緊張してしまうのではないですか

私  気づかなかったけど、本当にそうです。びっくりです

 

堀  では、音(足音)のクッションを出してください

 

私は音を具現化したクッションを置きました。

 

堀  音のクッションに向かて、話してみてください

私  今まであなたの音を聞くと緊張したが、それは母との事だった

堀  そして今は、お母さんはいないので、私の心は侵害されないと言ってみてください

私  今は、お母さんはいないので、私の心は侵害されない。すっきりしました。でも母に対して

         は、まだモヤッとしています

堀  そのモヤッがしゃべるとしたら、なんといっていますか。

私  「いつも母の顔色をうかがっていた」と言っています。今思ったのが、ゲームもしたいのに母

          がやめなさいと言われている感じがしていたので、やりたいことを怖さを感じながらやってい

          ました

堀  お母さんの顔色をうかがっていたので、素直にやりたいことをやりたいって言えなかったと言

         ってみてください

私  お母さんの顔色をうかがっていたので、素直にやりたいことをやりたいって言えなかった。ぴ

         ったりします

堀  もし私がやりたいことをやっていたら、母との関係でどうなると想像しますか

私  止められる。嫌な顔をされる。そういう意味では自由ではなかった

堀  今度は、お母さんになってみてください。もし娘が自由にしていたらどう感じますか

 

私は母に見立てたクッションに座りました。

 

私  私がいろんなことを我慢しているのに、あなただけ自由にしているとズルいと思う。

   娘に嫉妬してしまう

堀  それを聞いて、どう思いますか

 

私は元いたクッションに戻りました。

 

私  子どもだから自由に生きさせて欲しかった。いつも母の意向にそうように生きていた

堀  本当は、どうしたかったのですか

私  母さんの進める高校に行かず、希望の高校に行きたかった

堀  それでは、またお母さんのクッションに移動して答えてください。

 

 私はまた、母に見立てたクッションの上に座りました。

 

私  あなたの希望する高校に入学すると、遠いし、交通費かかるし、お弁当も早くから作らなけれ

        ばならないので、正直めんどうくさい

堀  それを聞いてどうですか

 

 私はまた、もともと座っていたクッションに戻りました。

 

私  悔しいけど、母も大変だし、早く起きるのも大変だし、お金も掛かるし…と自動的にいろいろ]          考えてしまう

堀  母の計算が自動的に働いてしまうといってみてください

私  母の計算が自動的に働いてしまう。本当ですね

堀  いつも母の都合を考えてばかりでいると、どんな自分になっていたんですか

私  ツラいと言っちゃいけない自分になった。色々、考えすぎて疲れた。そろそろ解放したい

堀  今までは、感情を解放するより、頭で考えることで感情をも抑えてきた、と言ってみてくださ

         い

私  今までは、感情を開放するより、頭で考えることで感情をも抑えてきた。胸にモヤッが出てき

         ました

堀  胸のモヤッがしゃべるとしたら

私  解放されたい

堀  お母さんに何と言いたかったんですか

私  私の希望する学校に行きたい。私の気持も考えてほしい

堀  言ってみてどうですか

私  やっと言えた。本当にこのことが今でも口惜しかったんですね

堀  お母さんになってみて、それ聞いてどうですか

 

 私は、母に見立てたクッションの上に座りました。

 

私  そんなに行きたかったらいいよ。あなたは、黙っているからわからなかった

 

 私は驚いて、元いたクッションに座りました。

 

私  えー。言えばよかった。でも理解してくれて、スッキリしました。母のせいにしていました

        が、自分責任と考えると、母への悔しい思いはなくなりました

堀  感情を表現できなかったから 、不安だったんですね

私  そうですね。だから不安神経症になったことが理解できました。

 

まだいろいろな感情があると思います。今後も自分を解放していたいので、よろしくお願いします

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